2016年05月04日

熊本震災支援(その-2)阿蘇周辺訪問

災害派遣の自衛隊車両と阿蘇根子岳大観峰に待機する自衛隊車両
5月2日、黒川温泉の街めぐりをした後、旅館の外湯で「檜湯」に浸かり、先客に「どちらからお越しになりましたか?」と声を掛けてみると、何と熊本市内の避難先から、久しぶりに大浴場に入りに来たという方でした。

熊本市内を流れる白川の河口近くに自宅があり、4月16日未明に発生した本震では、深夜に「津波警報」が発令され、慌てて家族で車に乗り、夜明け前に大渋滞となったことや、自宅の損壊は免れたものの、水道が回復しないためトイレも使えず、やむなく10日間は車中で眠ったこと、それでも余震が怖くて真っ暗にして眠ることが出来ず、今回宿泊キャンセルが相次いでいるという温泉に、少しでも貢献できればと思い家族でゆっくりお風呂に浸かりに来たといった、震災直後ならではのリアルな状況を聞くことが出来ました。

朝食を済ませ、小国の市街地を経て外輪山の大観峰に行くと、多くの自衛隊車両がキャンプを張り、災害支援にひっきりなしに出かけていました。

外輪山から平地の阿蘇市に下り、阿蘇の登山道経由で被害の大きかった南阿蘇村に向かおうとしましたが、登山道はすべて閉鎖。草原が美しい「草千里」や「米塚」なども地割れがあり、落石の危険性もあるようでした。
阿蘇神社境内倒壊した阿蘇神社倒壊前の大楼門と寄付

以前も訪れたことのある一の宮町に向かうと、テレビで大楼門が倒壊した『阿蘇神社』の看板が見えてきたので、被災者や復旧支援の迷惑にならない範囲でと、車を回してみました。

阿蘇神社までの道路沿い、道路の地割れや倒壊した建物はおろか、屋根瓦が少しずれて一部ブルーシートや補修をしている家はたまに目に入るものの、外から損傷が分かるような家はありませんでした。しかし阿蘇神社の表示のある駐車場に車を止め、境内に入った途端、景色が一変です。
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Posted by cms_hiroshima at 18:13Comments(0)TrackBack(0)

2016年05月03日

熊本震災支援(その-1)黒川温泉

大分県日田市から国道は通行止め熊本・大分を襲った巨大地震から二週間が経ち、世間はゴールデンウィークに入りました。この間の余震は1千回を超え、まだまだ予断を許しませんが、被災地周辺はいつもこの新緑の季節、多くの観光客が押し寄せる観光地ながら、GWの宿泊キャンセルが相次いでいるという報道がありました。

福岡に住んでいた学生時代から、雄大な自然のある阿蘇周辺が大好きで良くツーリングをしていた私にとって、せめて今できる支援としては、被災者に迷惑にならない形で現地の近くに赴いて宿泊を伴う観光でキャンセルの穴埋めをし、少しでも現地の状況を把握することだと思い、5月1日(日)午前中、東広島で行われた地鎮祭に参加したその足で、熊本県南小国町の「黒川温泉」に向かいました。

日田から阿蘇へ向かう主要国道さえも落石などによる通行止めにも遭遇しましたが、広島からおよそ6時間かけて、無事黒川温泉の宿『奥の湯』に辿り着きました。

黒川温泉奥の湯到着!奥の湯の夕食お品書き
4月14日の地震から二週間は休業していたものの、GWスタートの29日から営業再開し、29ある旅館のうち24の宿が通常営業をしていました。この黒川温泉は、震災がなくても交通アクセスは悪く、名所旧跡も雄大な景色も望めない「秘湯」ですが、温泉組合が一丸となって景観の保護や緑の育成を手掛け、一躍人気になった小さな温泉街です。

黒川温泉に到着したのは午後6時過ぎ。温泉街中心部は、普通車の離合も難しいほど山奥のひなびた小さな温泉街で、まだ震災後の落石で通行止めになった道路もあります。午後7時からの食事まで少し温泉街を歩き、渓谷と庭が望める部屋で夕食を頂きました。宿泊客の名前を記載したお品書きに、食べきれないほどの地元産の料理が並び、私は地酒の『小国峠』の冷酒も頼みました。ちょっとでも地元に循環するお金の使い方をしたかったからです。

翌朝、朝4時55分に余震で目覚め、眠れないため5時過ぎにまた温泉街の散策に出かけました。
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Posted by cms_hiroshima at 15:27Comments(0)TrackBack(0)