2016年10月22日

オガールプロジェクト

オガール紫波の中央公園久しぶりに東北まで来たので、本やネットで興味を抱いていた街づくりプロジェクトにも足を伸ばしてみることにしました。岩手県紫波町の『オガール紫波プロジェクト』です。

中尊寺のある平泉から在来線で約1時間、東北本線で紫波中央駅を下車したら目の前です。途中、鳥取県倉吉市を中心とした震度6の地震情報が入り、妻からも「7Fにある事務所が揺れて怖かった!」とメッセージも届きビックリしました。4年前には近くまで来ましたが、その頃はこのプロジェクトは無名で、私たちは東日本大震災で大きな被害を受けた住田町や陸前高田市の視察だったので、当時はノーマークでした。

紫波町の人口は約3万人。盛岡市から通勤圏とはいえ、過疎と高齢化が進む小さな町のプロジェクトは、全国の地方都市に大いなる勇気をもたらせる興味深い事例がこのオガール紫波の取り組みです。
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2016年07月12日

二度目の熊本黒川温泉!

黒川温泉のし湯熊本地震から3ヶ月が経過しました。前回は本震から二週間しか経っていないGW中だったので、災害復旧が優先されている被災地は避け、観光地を中心に阿蘇周辺を走りましたが、今回は甚大な被害を受けた益城町まで行ってきました。

初日の宿泊地は、前回と同じ人気の温泉郷『黒川温泉』で、前回来た時に「この宿は泊まってみたい♪」と思わせた温泉街の中心地にある「ふじ屋」さんに予約しました。今回は夫婦での熊本入りです。

5月に来た時には、少しだけ震災の傷跡がありましたが、今回は豪雨によって何か所か土砂崩れが見られ、宿泊した宿も6月24日から一週間ほど、玄関部分が土砂に埋まり休業していたということでした。前回宿泊した『奥の湯』も、宿泊した数日前に営業再開したということだったので、運が良かったというか、復興支援に貢献出来たということです。

ちなみに写真は姉妹店で、宿泊客には露天風呂が無料で楽しめる『のし湯』さんの入口です。とっても雰囲気のある場所ですが、以前はゲートボール場だったということで二度ビックリです。(@_@)
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2015年03月26日

地方が主役になれるこれだけの理由!

パネルディスカッションの様子今年の3月は例年以上に忙しく、ブログの更新まで手が回りません。画像は一週間前に廿日市市で行なったシンポジウムの様子です。ゲストスピーチはベストセラーになった『里山資本主義』や『デフレの正体』などで知られる山口県出身の藻谷浩介さん。

私が発起人に名を連ねている『広域連携グローカルリンク広島西・山口東』の公開イベントの一幕です。藻谷さんの基調講演の後、私も登壇してパネルディスカッションに参加しました。画像の右端が藻谷さんで、私の左は広島経済大学の川村健一教授。『サステイナブルコミュニティ』の著書などもある、欧米の住宅地開発を知り尽くしている論客で、ファシリテーターとして司会進行をして頂きました。

私の右は広島市議会の豊島岩白議員。このグローカルリンクの代表を務める広島の若手政治家です。
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2015年01月27日

住宅業界の勉強会

住宅産業塾パネルディスカッション去年は建材関連団体など、異業種の方々に講演をする機会を何度かいただきましたが、今年は住宅業界のプロ向けに話をする機会を頂きました。とはいっても『基調講演』のようなひとりで講演する形ではなく、数名の専門家が壇上に登壇してそれぞれの立場から発表する『パネルディスカッション』に招かれました。

画像はその壇上からの休憩中の画像で、東京田町の『笹川記念館』にて開催された住宅産業塾主宰の「新春セミナー」の一コマです。

工務店の経営者や大工さんなど、施工のプロを中心に全国から約150名の参加。『現場きれいコンテスト』などの発表もあり、本当に現場を大切に思っている全国の優秀工務店が集まっていました。その中で私も自分の取り組みや、今後考えるべき取り組みなどを発表しました。
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2014年08月26日

バッファーゾーン(緩衝帯)で災害を緩和するという発想。

LRTと市民農園によるグリーンベルトと住宅地ここ数日はどうしても災害関連の投稿になってしまいますが、今回発生した広島の土石流災害に関して、少し突拍子もないかも知れませんが「私案」を書いてみます。それが『バッファーゾーン』という考え方です。

広島の方は、原爆ドーム周辺の景観を守るための「バッファーゾーン」というのを耳にしたことがあるかも知れません。急激な変化の衝撃(景観や自然の猛威、公害など)を和らげるための「緩衝地帯」のことです。

防風林として植えられた海岸沿いの松原や、神社のまわりに植えられた鎮守の森なども、潮風や台風などを和らげる役目を果たしてきました。単に「防護する」という機能だけでなく、そこに住む人々にとっての「故郷の景色」として刻まれることで、皆に愛され維持・手入れされて来たのが『白砂青松の松原』であり『鎮守の森』でした。

東日本大震災で「奇跡の一本松」として知れ渡った陸前高田市の海岸線も、白砂青松の松原として有名でした。

恐らく過去数百年の歴史の中で、大きな災害に見舞われ、その記憶と復興、自然の猛威を和らげながら、地元に住む人々が「美しい」と思えるように『バッファゾーン』をつくったのが、今のような形で残ったのではないでしょうか?
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Posted by cms_hiroshima at 17:46Comments(0)TrackBack(0)