2018年07月14日

矢野・坂地区のお客様の無事を確認!

西日本豪雨の爪痕
連日のように全国放送で被災状況が流れているのでご存じの通り、7月6日の大雨警報から降り続いた雨が、広島県の東部地域を壊滅的に破壊しました。4年前に発生した『広島土砂災害』以上の規模と範囲が、未曽有の被災状況となっています。(まだ現在進行中)

私事ですが、大雨が降り始めた7月6日は広島市中心部も道路の冠水が見られたので、早めに帰宅しましたが翌日7日の早朝、妻の母が入院先の広島市内の病院で病気による心肺停止になり、朝5時過ぎには帰らぬ人となりました。取り急ぎ、実家のある周防大島で通夜や葬儀を行いましたが、この間道路も鉄道も大雨で寸断され、親族も立ち往生するなど、慌ただしく哀しい週末を過ごしました。

週が明けて、次々と明らかになる豪雨による被害の拡大と、交通機能のマヒは、想像を超え、当社サービスを利用されて新築をお引渡ししたお客さんの安否確認をするのがやっとの状況です。昨日(7月13日)も、被害が大きかった安芸区や坂町方面のお客さんの様子を確認できればと、国道2号線で向かったものの、大渋滞で車が動かず、知人は16Kmのバスでの帰宅に5時間半掛かったということでした。

ようやく本日、国道2号線の混雑が緩和していたので、まずは被害の大きかった安芸区矢野と坂町方面のパトロールに出かけました。画像は、偶然にもちょうど10年前、2008年7月14日にお引渡しした安芸区矢野西のお客さんの自宅近くにたどり着いて撮った写真です。

道路の左側に流れる小さな川は、上流の矢野東で砂防ダムを超えて土砂災害で家々が流された土砂で埋まり、雨が止んで5日も経つのに、水が溢れんばかりに流れていました。川の左側が矢野東、右側が矢野西地区です。

この写真のまだ上流、100m程度先にお客さんの家と自家用車の無事を目にして、一安心。砂埃が舞い、多くのボランティアや地元住民が道路の泥撤去作業をする中、次のお客さんの自宅確認に急ぎました。

結局、矢野西地区4軒、矢野東地区2軒、坂町1軒のお客さんの無事と、建物自体損傷も水害も遭っていないことが確認できました。弊社サイトのお客様の声でご家族の顔写真をみると、胸を撫で下ろします。
https://cms-hiroshima.com/reason_tax/akiku/ 

途中、当社サービスでトップクラスの落札実績を持つ工務店の新築現場にも遭遇し、旧知の担当者にも会うことが出来ました。そのお宅も、完成間際で危うく被災する寸前、ギリギリ水難を逃れたそうです。

建物をどれほど上部に高性能に建てたとしても、津波や土石流などには勝てません。やはりどこに家を建てるか?」ということの重要性が高まったのが、今回の水害の教訓です。  

Posted by cms_hiroshima at 15:05

2018年03月11日

あの日から7年経過・・・

あの日から7年が経ちました。

今週は追悼番組が続いていますが、陸前高田市でまだ仮設住宅から出ることの出来ない方を取材していました。
 
津波の傷跡が残る陸前高田に行ってから6年近く経ちますが、東京の未曾有の建築ラッシュとの対比が痛ましく感じます。

陸前高田市視察
震災1か月後に書いたコラム、あの当時が思い起こされますね・・・。
https://cms-hiroshima.com/answers/column/059/

  
Posted by cms_hiroshima at 14:00

2016年07月13日

土地の振動と建物の揺れの差が分かる熊本地震レポート

益城町の様子−1熊本地震からおよそ3ヶ月、ようやく落ち着きを取り戻しながら、被災の状況も残る熊本県益城町の中心部まで足を延ばしてきました。特に私が注目したのは、業界専門紙で取材されていた建物被害状況で、単に建物自体の『耐震性能』や『築年数』よりも、むしろ立地条件によって建物の揺れ方が異なり、それが被害の差になったのではないだろうかと感じたことです。

その仮説を確かめるために、記事中の建物写真や航空写真から場所を特定し、実際に自らの目で確かめてきました。

この画像を見ても分かる通り、白い矢印で示した「ブロック塀」などは、古い7段積みのコンクリートブロックなので倒れていても不思議ではありません。私が立っている道路に面した両側の建物は、せいぜい「要注意判定」で、他のブロック塀も倒れておらず、補修すれば住めそうな建物ばかりでした。

にも関わらず、奥の傾いた建物が見える半径50m程度のエリアでは、去年(2015年)建て替えられた新築の住宅が、何とかそのままの形で残り『要注意判定』の黄色い張り紙をされている以外は、2006年の新しい耐震基準で建てられた住宅も本震で倒壊し、すでに周辺の建物はほとんど取り壊されて、解体された残材が一部残されているという状態でした。
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Posted by cms_hiroshima at 18:15Comments(0)TrackBack(0)

2016年07月12日

二度目の熊本黒川温泉!

黒川温泉のし湯熊本地震から3ヶ月が経過しました。前回は本震から二週間しか経っていないGW中だったので、災害復旧が優先されている被災地は避け、観光地を中心に阿蘇周辺を走りましたが、今回は甚大な被害を受けた益城町まで行ってきました。

初日の宿泊地は、前回と同じ人気の温泉郷『黒川温泉』で、前回来た時に「この宿は泊まってみたい♪」と思わせた温泉街の中心地にある「ふじ屋」さんに予約しました。今回は夫婦での熊本入りです。

5月に来た時には、少しだけ震災の傷跡がありましたが、今回は豪雨によって何か所か土砂崩れが見られ、宿泊した宿も6月24日から一週間ほど、玄関部分が土砂に埋まり休業していたということでした。前回宿泊した『奥の湯』も、宿泊した数日前に営業再開したということだったので、運が良かったというか、復興支援に貢献出来たということです。

ちなみに写真は姉妹店で、宿泊客には露天風呂が無料で楽しめる『のし湯』さんの入口です。とっても雰囲気のある場所ですが、以前はゲートボール場だったということで二度ビックリです。(@_@)
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Posted by cms_hiroshima at 18:15Comments(0)TrackBack(0)

2016年05月04日

熊本震災支援(その-2)阿蘇周辺訪問

災害派遣の自衛隊車両と阿蘇根子岳大観峰に待機する自衛隊車両
5月2日、黒川温泉の街めぐりをした後、旅館の外湯で「檜湯」に浸かり、先客に「どちらからお越しになりましたか?」と声を掛けてみると、何と熊本市内の避難先から、久しぶりに大浴場に入りに来たという方でした。

熊本市内を流れる白川の河口近くに自宅があり、4月16日未明に発生した本震では、深夜に「津波警報」が発令され、慌てて家族で車に乗り、夜明け前に大渋滞となったことや、自宅の損壊は免れたものの、水道が回復しないためトイレも使えず、やむなく10日間は車中で眠ったこと、それでも余震が怖くて真っ暗にして眠ることが出来ず、今回宿泊キャンセルが相次いでいるという温泉に、少しでも貢献できればと思い家族でゆっくりお風呂に浸かりに来たといった、震災直後ならではのリアルな状況を聞くことが出来ました。

朝食を済ませ、小国の市街地を経て外輪山の大観峰に行くと、多くの自衛隊車両がキャンプを張り、災害支援にひっきりなしに出かけていました。

外輪山から平地の阿蘇市に下り、阿蘇の登山道経由で被害の大きかった南阿蘇村に向かおうとしましたが、登山道はすべて閉鎖。草原が美しい「草千里」や「米塚」なども地割れがあり、落石の危険性もあるようでした。
阿蘇神社境内倒壊した阿蘇神社倒壊前の大楼門と寄付

以前も訪れたことのある一の宮町に向かうと、テレビで大楼門が倒壊した『阿蘇神社』の看板が見えてきたので、被災者や復旧支援の迷惑にならない範囲でと、車を回してみました。

阿蘇神社までの道路沿い、道路の地割れや倒壊した建物はおろか、屋根瓦が少しずれて一部ブルーシートや補修をしている家はたまに目に入るものの、外から損傷が分かるような家はありませんでした。しかし阿蘇神社の表示のある駐車場に車を止め、境内に入った途端、景色が一変です。
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Posted by cms_hiroshima at 18:13Comments(0)TrackBack(0)